« 北野天満宮のもみじ苑 | トップページ | 天国と地獄の違いは箸の使い方にある »

2008年12月 4日 (木)

Win-Win の裏側

ぼくがあまり好きではない言葉に「Win-Win」がある。少なくとも自分では使ったことがない。

この言葉、最近よく見聞きするようになった。特に環境関連で環境戦略だとか環境経営などを語る時に使われることが多くなったのではないだろうか。環境問題関連で使うときには、「環境と経済の両立」みたいな意味合いを持たせる場合もあるようだ。

この言葉の意味する両者共栄のような状態、お互いハッピーになりましょうよ、ということを否定するつもりはない。基本的にはWin-Winは重要であるし、そういったことを目指したほうがよいのだろう、とは思う。

しかし、どうも好きになれないんだなあ、この言葉。これはあくまでも、ぼくがこの言葉から勝手に受け取ってしまっている印象が原因なのだろうと思いつつも、どうも好きになれない。つまりどんなことを感じてしまうかというと、まず「Win」という言葉。相手を打ち負かせて、みたいなニュアンスかなあ。あくまでも競争原理が前提みたいに感じてしまう。

次には「Win-Win」という、二者だけ限定のような表現からの印象によるもの。例えば、作り手と売り手はもうかるけど、お客さんには何らメリットがないような、そんな印象とでも言えばよいだろうか。つまり世の中っていうのは、いろいろな立場や属性の人が絡んでいるわけで、2つの異なる当事者はハッピーだけど、他の当事者はそうではないという場合はありがちなのではないかと思う。「Win-Win」からは、どうもそんなことを感じてしまう。

で、ぼくが好きなのは「三方よし」。

つまり、「売り手よし、買い手よし、世間よし」ということで、近江商人のモットーとしてよく知られている言葉だ。まず「よし」という言葉がいい。Winのような勝ち負けを連想させる言葉でなく、本当によいこと、幸せなこと、そこを目指そうみたいなことが感じられる。

さらに重要なのは「三方」という考え方。生態系が、生産者、消費者、分解者から成り立っているように、3者のバランスで考えることが大切だと思う。2者+その他、になってしまってはいけない。

さらには「三方一両損」がぼくの心情、これからはこうだろうっていう気持ち、にはもっとも近いかもしれない。

お互いが少し損したり、ゆるめあうことで、幸福な状態に近づくのではないだろうか。

今までの延長ではだめ、パラダイムシフトが必要、などと言いつつ、「Win-Win」という言葉にはまさに今までの延長の考え方が入っているような感じを受けてしまう。 あくまでも、ぼく個人の勝手な印象です。

そうそう、もう一つ自分では使わない言葉に「ビジネスチャンス」がある。これについても、そのうちに書いてみようと思う。

※三方一両損(一部、広辞苑より引用)大工が落とした3両入りの財布を左官が拾った。届けた左官、落とした大工、ともにその3両を受け取ろうとしない。そこで大岡越前守が1両足して、両人に2両ずつ渡した。もともと3両持っていた大工は1両を損し、3両拾ったはずの左官も2両のみとなり1両を損、大岡越前守も1両の損、これをもって「三方一両損」とし円満解決、という落語のお話。

|

« 北野天満宮のもみじ苑 | トップページ | 天国と地獄の違いは箸の使い方にある »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Win-Win の裏側:

« 北野天満宮のもみじ苑 | トップページ | 天国と地獄の違いは箸の使い方にある »