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2011年6月25日 (土)

希望があるような、ないような

電力の問題から、今までは環境問題として扱っていた領域が注目されている。
いや、注目などというレベルではないか。
地球温暖化が、資源が、などといくら言ってもなかなか動かなかった社会が、今は動き始めている。

環境問題として考えると、「環境負荷をどこまで減らせるのか」という問題でもある。

これだけ節電だ省エネだと声があがっているので、やれることはかなりやったと考えるのか。
もうやる余地などないのか。
はたまた、いやいやまだまだ、けっこうやれるぞ、と見るのか。

実際に世間を見まわしてみると、まだまだやれるという気がしてくる。だがその一方で、なかなかむずかしいかも、とも思える。
エアコンを使っているクルマの多さ。
駅などで、出迎えにきたクルマがエアコンをつけ、当然のことながらアイドリングしっぱなし。こんな光景は今までと同じだ。
階段を使えばよいような状況で、エレベーターを使う人もまだまだよく見る。

意識が変わった部分と、まだ変わっていない部分がある。
あるいは意識が変わった人もいるけど、変わっていない人の数はかなり多いのかもしれない。変わっていない人のほうが、もしかすると大多数かもしれないとも思ってしまう。

環境負荷としては、まだまだいっぱい減らせる。あれも、これもといっぱい目につく。
しかし、それが本当に減らせるのかどうか、これはよくわからない。
ヒトという生き物の本質にかかわる問題なのかも。

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