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2011年8月

2011年8月31日 (水)

原発こそ高コストだ

先週土曜の『自然エネルギー学校・京都 2011』での大島堅一さんの話は、「コストからみるエネルギー政策」というもので、原子力と再生可能エネルギーとを、現実のコスト算出から比較したものだった。

大島さんの話の概要はこれを見てもらえばわかるだろう。

再生可能エネルギーを導入すると電気料金が高くなるだとか、産業が国外に逃げていくだとか、いろいろな脅しがある。いかにも再生可能エネルギーは使い物にならず、コストばかりかかるもののような言い方をしてくれているわけだが、よくよく考えてみよう。こんな状態を生んだそもそもの原因は原発にあるのだ。原発のせいで、本来は必要なかった莫大なコストも生じている。

さらには原発については、本当の最終的な処分の道筋や方法が全くわかっていない。
これをコスト計算に組み入れたら、一段と高コストだということが明らかになってくるに違いない。

そもそもぼくは、コストが安いからやる、高いからやらないといった発想はしたくない。
だが、この発想をしないと世の中は動いていかないようだ。

原発安い、自然エネ高いといった誤った呪縛から多くの人を解き放つこと、これはぼくのやるべきことのひとつだと思っている。

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2011年8月30日 (火)

有次で名入れ包丁

土曜に自然エネルギー学校に参加したあとはそのまま京都に泊まった。
北野天満宮にお参りし、錦小路に行った。
お目当ては”有次”

京都に行けば必ずと言ってよいくらいに行くのは北野天満宮と錦小路。
錦小路に行けば、有次にも必ず立ち寄る。
ただ、商品が商品なだけに、つまりはいったん買ってしまえば一生モノであり、そうそう買うものではない。

今回は菜切り包丁を買うつもりで店に寄った。
すると薄刃包丁というのもあって、なかなかよさそう。
店員さんに聞くと、菜切りは片刃、薄刃は両刃だ。
両刃の包丁は使ったことがなかったこともあり、薄刃包丁を買った。
片刃のものより厚みが薄く、刃の幅も狭いので、全体として軽く使いやすそうだ。

有次では刃物を買うと名入れをしてくれる。

Photo


タガネを使って彫り込む。失敗は許されない。
目の前で自分の名を彫り込んでくれる。ちょっと贅沢な時間だった。
それにしてもうまいものだ。あっという間に、こんな感じになった。

Photo_2


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2011年8月29日 (月)

実際に話を聞く価値

今回の京都行きは、遊びで行ったわけではない。
いや、遊びもまじっていました。時間からすれば遊びの時間のほうが長かったかも。

しか~し、お勉強したくて行ったのは事実。
あらためて紹介すると、この学校に参加するためだ。
ぼくが前々から注目していた講師の面々、この人たちから直接話を聞きたいと思って参加した。

初回、つまり先週の土曜は、立命館の大島堅一さん。いまや原発のコスト分析で有名になった人だ。

事前に大島さんのコスト分析の資料などは読んであったが、実際に話を聞いてみて、より詳しいこともわかったし、裏話のようなことも聞けたし、何よりも20年来、無視され、ときには反感を買っても研究を続けてきたことの重みが伝わり、やはり参加してよかったと心から思った。

そしてぼくのやるべきことは、ここから始まる。
「ああ、いい話を聞いた」
だけではだめなのだ。「いい話」ならいい話として、もっと多くの人に聞いてもらいたいと思う。「いい話」なら、それを実行してみたいと思う。
この話の内容を、さらに多くの人に伝えること・。そのなかから小さなものでもよいので、社会を変えていくうねりのきっかけとなるものを作り出していくこと、行動を作り出していくこと、そして活動を続けていくこと、決してあきらめずに続けていくこと、これをやっていくのだ。

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2011年8月28日 (日)

心して行け、伏見稲荷:写真編

何とか帰宅。
京都は暑かった。
そして帰りの名古屋からの電車のトラブル。
ちょっと疲れたのでそろそろ寝ようかと。

土曜に撮った写真をいくつか。今夜はこれくらいで。

5000以上の鳥居、さすがに壮観。

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出来たての鳥居も。山頂へと登っていくときはまだ左官屋さんが礎石の部分をコテで成形していた。下ってきたときにはこのような状態に。

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2011年8月27日 (土)

心して行け、伏見稲荷

今日は待ちに待った『自然エネルギー学校・京都 2011』の初日だ。会場が京都であり、出かけるにはかなり遠い場所だが、何しろ京都は京都だ。勉強のために京都に通う、たまにはそんな贅沢もいいだろうと、行かせてもらうことにした。

京都駅着は10:20。講義は午後からなので、それまでの時間をどう過ごそうか考えた。あまり遠くには行けないし、何カ所にも行くこともできない。そこで、講義の会場に向かう途中にある伏見稲荷にお参りすることにした。

伏見稲荷。前々から一度は行きたいと思っていた。朱色の鳥居が延々と連なる光景を見たかった。

伏見稲荷は今年が「おいなりさん御鎮座1300年」とのことで、本堂の改修工事中だった。
何しろ何の予習もせずに行ったので、本堂への参道、あるいはその近くによく写真で見る鳥居の回廊があるのかと思っていた。
だが、仮社殿でお参りまで済ませても、何もそのようなものはない。
よく案内をみると、社殿の裏手の山にその鳥居の回廊がめぐらされているのだ。鳥居の数は5000基以上とのこと。すごいものだ。

案内板を見ると、山頂まで1.5キロメートル、徒歩30分とある。さて、どうしたものか。
時間はちょうどよい。山頂までは行けそうだ。
だがこの暑さ。京都駅でのぞみから下車したとき、サウナ風呂に入ったのかと思ってしまった。
その中での山登りはちょっときつそうだ。しかも午後は肝心の講座があるし。

しかし、坂や階段を見ると登らずにはいられなくなる習性、これは上諏訪中学・諏訪清陵と6年間、毎日階段や坂道を登ったせいだろう、この習性のせいかどうかわらなんが、ともかく登ってみようと思ってしまった。


登り始め、最初はわりあいと楽だ。まわりにも大勢の人が歩いている。
だが、だんだんと登った階段の数の増加とともに、歩く人はめっきりと減っていく。
そして、吹き出す汗。

心を「後悔」の気持ちが少しだけ吹き抜け去っていく。いやいや、そうではない。
ここまで登ったのだ。あと少しじゃないか(その時点では少しと思ったが、実はそうではなかった)と、自らを励ます。

鳥居の回廊は、森の中に張り巡らされているので、基本的には木陰、木々の間を通る風は涼しかった。

汗が吹き出る。足も疲れたが、そっちは何となりそうだ。
お願いしたいこともあって登り始めたのだ。やはり山頂まで行かなければ、ご利益も期待できないだろう。

途中でくじけそうになりながらも何とか山頂に到着。さすがに達成感がありました。

しかしまあ、このクソ暑い日に、京都で山登りとはねえ。ちなみにぼくが歩いた道だけでは、全山を歩いたとはいえない。
おそるべし、伏見稲荷。
伏見稲荷には、心して行け。


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2011年8月26日 (金)

とうとう今日がやってきた

菅さんが正式に退陣を表明したそうだ。とうとう今日がその日となったわけだ。

鳩山さんの後をうけ、かなりの期待感とともに菅政権はスタートした。
しかし期待とは裏腹に、なかなか実績があがらず、党内からは足を引っ張る人続出で、こりゃもうだめかと思っていたところで、3.11が来た。

ぼくは、この3.11でしっかり立て直しをしてほしいと思った。言葉としては不適切な面もあるが、チャンスと思ってもいいから、なんとかこの社会を変えていってほしいと思った。
だが、どうもはっきりしない。

しかし、5月6日に浜岡停止を要請した。このあたりからだろうか。市民活動出身の本領発揮は。

その後も、自然エネルギーへのてこいれ、脱原発など、菅さんだからこそ表明できたいくつもの方針を打ち出した。
問題点や欠点の多い首相でもあったとは思う。だが、これからの日本を考えた時、今の日本の政界で、菅さん以外に、日本の進むべき道を言明できる政治家がいただろうか?

これほどまでに後任に期待感がない、今よりも悪くなるだろうという予感でいっぱいの交代劇もないだろう。
情けない限りだ。
こういう政治家たちが政治家となりえる状態、そんな社会にしてきたのは、そんな社会を選択してきたのは、他ならぬぼくたちだ。

であれば、そういう社会を作ってしまった責任がある。社会を変える、これまたぼくらの責任だ。

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2011年8月25日 (木)

アイドリングしっぱなしの路駐タクシーの列とSKF

今夜はあがたの森で森倶楽部21の会議だった。
10月のフォーラムでのメインイベントについての相談。なかなか楽しいものになりそうだ。

会議を終え、松本駅へと歩き始めた。
中部電力松本営業所ビルのところから、道路の左側に路駐タクシーの列が。ずっとまつもと市民芸術館の前まで続いていた。
今、松本はサイトウキネンフェスティバルの真っただ中。今夜はまつもと市民芸術館でオペラをやっているのだ。
オペラを観終わった客のための客待ち行列だったわけだ。
どのタクシーもアイドリングしっぱなしだった。

なんかね、タクシーの列を見てて悲しい気持ちになった。
正直言って、こうまでしてSKFをやるの、とまで思ってしまった。
アイドリングしっぱなし、道路の半分を埋めるタクシーの列。
確かにタクシーでなければ帰れない人もいるだろう。だったら駅まで歩けばいいのに。近くなのだから。
駅まで行けばタクシーはいっぱいとまっている。

こんなふうに書いたが、まあいろいろと事情はあるのだろう。
いいがかりのような気がしないでもない。

ぼくは毎年SKFのコンサートに足を運んできた。そのぼくが、この車列を見て大きな違和感を感じてしまったのだ。
芸術を理由に、他のことには目をつむっているような雰囲気を感じてしまったのかもしれない。

公共交通のない地方都市で、こういうイベントをやるのだからいたしかたない部分があるのはわかる。
タクシー待ちの列はよしとしよう。だがアイドリングの必要はないではないか。今夜は涼しかった。エアコンも必要ないはずだ。3.11で何も学ばなかったのか。

何かもっとよい提案ができればよいのだが、どうも思いつかない。
「しかたないのさ」、このひと言だけで終わらせてはいけないと思う。
ぼくにとっては異様に見える光景とSKFとは、気持ちの中で両立しなくなりつつある。

SKFがほんとうに市民に受け入れられた音楽祭となっているのか、かい離してしまっているところはないのか。
ふと感じてしまう、そんな感覚もある。

わりきれない気分だけが残っている。

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2011年8月24日 (水)

島田神助報道に思う

島田神助芸能界引退を知ったのは今朝だった。
嫁さんと顔を見合わせ、どちらからともなくほぼ同時に行った言葉。
「これ、何を隠したいんだろうねえ」

案の定、NHK朝7時のトップニュースはこれだった。
いったい何を報道しているのやら。
もっと大切なニュースがあるだろうに、もっと掘り起こさなければいけない案件があるだろうに。
東電をなぜもっと追究しない。東電のやっていること、あれは犯罪に近いのではないか。

島田神助の報道が今後どれだけ大きく報道されるのか知らないが、大きければ大きいほど、どこかでひっそりと小さな報道がされていないか、ぼくら注視しなければならない。
「ちゃんと公表しました」などというアリバイ作りの報道や発表がないかどうか。


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2011年8月23日 (火)

自然エネルギー信州ネット 第1回運営会議

先週の金曜(8月19日)午後、自然エネルギー信州ネットの第1回運営会議を開いた。

運営会議とは、ほぼ理事会と同じと考えてよい。ぼくは理事であり、この運営会議の議長も仰せつかった。
今までの、信州ネット設立までの議論の中で、「オープンでフラット」な組織とすることを、繰り返し繰り返し確認してきた。
運営会議も、議決権は理事だけに与えられているが、発言権は全ての会員が持っている。できるかぎり多くの意見を集め、できるものならその話し合いの中から合意点を見出だしていこうという考えだ。多数決による議決は最後の手段だ。

今回の運営会議の議事は、近日中に公開する予定なので、全体的な内容については公開される議事録にまかせるとして、ここではぼくなりに印象深かったことについて触れてみたい。

それは専門部会の設置についてだ。
信州ネットでは、県内全地域に共通する課題については横断的かつ専門的な集まりとして専門部会を設置することとしている。
今回は、どのような専門部会が必要か事前に意見を集めた。数日だけの短期間だったが全部で32件の提案があった。素晴らしいことだ。
まだ新たな提案が出てくる可能性もある。
今後はこれらの提案を絞り込んでいき、いくつかの専門部会を立ち上げる。
そのアイデア出しや絞り込みのために、ワークショップをやったらどうかとの提案が出た。
とてもよい提案だ。さっそく採用し、すでに日程調整に入った。

信州ネットは手作りの集まりだ。まだまだ右往左往している。だがこうやって、全員参加で議論し、何とか具体的な行動に結びつけようとの意思を持ち、そのための提案がなされ、ひとつひとつ階段をのぼっていこうとしている。
まだ手探りだが、この姿が大切なのだと思う。

ちなみに、専門部会について考えるワークショップは9月中には開催するつもりでいる。
多くの会員に参加してほしいし、これを機会にあらたな会員が加わることも期待している。

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2011年8月22日 (月)

首相の条件

いよいよ来る時が来てしまうのだろう。
菅さんからの首相交代だ。
誰がなるのだろう?

脱原発の方針がどこまで受け継がれていくのか、大いなる不安がある。
候補と呼ばれている人たち、脱原発をはっきりと言ってはいないのではないか。
脱原発の強い意志を示すことができるか否か、その一点に、首相としての条件がかかっていると思う。
仮に100歩譲ったとしても、国民の議論で原発の今後の進め方を検討し決定することを明言すること、これは必須条件だ。

だが、どうも危うい。

どうしたら、よいのだ?

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2011年8月21日 (日)

未来のことは誰が決めるのか 2 ?

昨日の続き。

2050年の目標を決めるのには子どもたちの意見を聞くべき、これが昨夜の主張だった。
そして子どもたちには、将来のことだけでなく、現在のことについてだって、もっと権利を主張してよい。
放射能のことを考えると、影響のうけやすさからすれば、子どもの意見こそ聞くべきだと思う。
真のステークホルダーは誰か?そこの意識をもっと持ちたい。

子どもの声に限らず、よくよく考えてみると、そもそも国民や市民の声を集める、対話するということがない。これが大きな問題だ。
ではどうするか?
声を集めていない、声を聞こうとしないとブー垂れているだけでは解決にはならない。
となれば、こちらから声を上げに行く、ということだろう。
そうなってくると、ぼくらにも声をあげるためのスキルが必要になるなあ、そんなことも考えている。

例えば会議なども質疑応答形式の会議が多いのではないか。
事務局だったり担当部署が提案をまとめ、それを説明する。それに対して質問や意見が出て回答する。このスタイルはかなり多い。
この形式は攻める(責める)側と守る側という構図になりがち。両者が協議し対話するということにはなかなか難しい。そもそも会議の参加者全員が当事者意識を持っているかどうか、はなはだ怪しいように思う。

ぼくらも、もっと声をあげるためのスキルを高める必要がある。

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2011年8月20日 (土)

未来のことは誰が決めるのか?

今日は丸一日かけて生物多様性長野県戦略関連の会議だった。
長期的には2050年を想定した戦略だ。

これに限らず近年は、2050年を意識した長期ビジョンの策定が増えてきた。
これはよいことだと思うが、ふと思った。

2050年のことを決めるのに、我々(ひとまず、50代を想定)だけの話し合いで決めてよいのだろうか?そんなことだ。
つまり、子どもたちの意見を聞くべきではないのか。

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2011年8月19日 (金)

○○けど、という言い方

自分でなるべく使わないよう気をつけていることばがある。「けど」だ。

ぼくは○○と思うけど。
○○したいけど。

おいおい、いったい思うの、思わないの、どっちなの?したいの、したくないの、どっちなのよ。
と言いたくなる。

この言葉は便利な言葉だ。
何かを語り、最後に「けど」をつける。
そうしただけで、その言ったことに対しての責任から逃れてしまう。
でも、何かのときには、「ぼくはあのように言ってましたよね」と
都合よく使ってしまえる。

よく、気をつけてみてほしい。
「けど」はけっこう耳にするはずだ。

原発はいらないと思うけど。


言った気になり、でも言ったことへの責任を持つことからは逃げる。
ほんとうに気をつけようと思う。

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2011年8月18日 (木)

今年のお盆は特別だった?

お盆が終わった。

お盆と言えば、親せきやら家族が集まり、にぎやかで楽しいものだが、跡取りの嫁、長男の嫁と呼ばれるみなさんにとっては楽しみ以上に苦労が多い時でもある。
飲んで食って寝ることができるのも、そのお嫁さんたちの働きあってこそだ。

そういう状況そのものの是非という議論もありそうだが、ここではそのことには触れず、ひとつ紹介したいことがある。
もう10年以上、原発や地球温暖化関連をはじめとする社会の問題あれこれで一緒に活動させていただいている方から頂戴したメールに書かれていたことだ。ご本人の了解を得たので紹介させてもらう。

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お盆や年末年始はひたすら忙しく、食事を作っては片付け、作って
は片付けの日々なので、げんなりなのですが、今年はどんなに忙し
くても、家族や親戚が揃ってお盆を迎えられたことは、とてもあり
がたいことだと感謝の日々でした。

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多くの人が同じようなことを感じたのではないだろうか。
少なくとも、みんなが元気で顔を合わせることができたことに対して、素直に心から感謝する気持ちは多くの人に共通のものだっただろうと思う。

何が大切なことなのか、意識的に、あるいは無意識のうちに、心にとまったのではないだろうか。

このやすらぎ、この感謝と、原発は相容れないものだ。
「安全な原発」?、そんな言い草は、放射性物質が安全ですと言っているのと同じことだ。

今年のお盆で感じたことを大切にしていきたい。
その感覚をこれからもずっと現実のものとしていくには、どういった社会にしていけばよいのか、その視線から考えていきたい。

今年のお盆は特別なお盆だったかもしれない。
だが、今年のお盆で感じた感覚、これが普通のお盆の感覚であったはずであることにも、ぼくらは気づきたい。

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2011年8月17日 (水)

お盆に思ったこと

お盆の飾りつけはずっとぼくの役目だった。
たぶん小学生の頃から。
ずっとやってきた。

昨日、16日の夕方。盆提灯を片づけながら、ふと思った。
一生でこれをあと何回片づけるのだろうと。

昔はそんなこと考えたこともない。
たぶん、永遠に続くとでも思っていたのだろう。

特に長生きしたいわけではないが、カウントダウンの領域に近くなってきたのだろうと思った。

要するにこういうことだ。
盆提灯の飾り付けや片づけだけではない。
これからぼくがやること、それは自分の残った人生の中では、限りある中での機会だということだ。
その時、その時。めぐりあった機会。それらを大切にしていこうってことだ。

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2011年8月16日 (火)

ツマグロヒョウモン

このお盆休みで息子たちが帰省。
長男はずっとヴァイオリンの練習をしていた。その長男が、「ツマグロヒョウモンが来ているよ」と。
練習しながら庭を眺めていたのだろうか。


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たしかにいました。

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魔法のエコちゃんで水まき

我が家には”魔法のエコちゃん”がいます。先日から家族の一員となりました。
魔法のエコちゃんはこんなスタイルの持ち主です。
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魔法のエコちゃんの正体は、魔法のポンプでした。

ぼくの家では数年間から雨水タンクを使っています。ハーコスタの雨水タンクです。
たまった水は、庭にまいたり、水やりに使っていますが、やはり水まきのときにはポンプが欲しくなり、そこで入手したのが魔法のエコちゃんでした。

魔法のエコちゃんは雨水屋ノーマさんの商品です。魔法のエコちゃんについてはこちらを


具合はとてもいいです。何よりも、電気を使わないのがいい。
これを使うと、庭への水まきも簡単。多少、腕は疲れるけど、トレーニングだと思えば一石二鳥。

もっとローテクを見なおして、日常的に使いたいと思います。

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2011年8月15日 (月)

『信州自遊塾』発足

『信州自遊塾』という学びの場が立ち上がった。
※ホームページはこちら

学びの場?何を学ぶのだろう。

設立趣意書の最後にはこう書いてある。
”信州を愛する人々の中には、それぞれの分野ですばらしい活動を行い、ものを考え、作り出している人々がたくさんいます。「信州自遊塾」はこうした人々のネットワークをつくり、新しい時代の人間の幸せを、真面目に楽しく、考え、学ぶ場です。”

これからの人間の生き方、社会のあり方を考えていこうというものだ。
ぼくは友だちを通じてお誘いがあり、設立趣旨を聞いて一緒に活動してみたいと思った。そこでさっそく運営委員に加えていただいた。

9月11日(日)には、第一回講座を開催だ。詳細はチラシを見てほしい。
※チラシ:「jiyujuku_110815.doc」をダウンロード

ぼくもパネリストとして参加する。
自然エネルギーがテーマとなっているが、いきなり各論に入るのではなく、なぜ自然エネルギーなのか、私たちはエネルギーをどう使うのがよいのか、そういったことを考えるところから始めたいと思っている。

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2011年8月14日 (日)

海氷面積が気になる

北極圏の海氷面積が気になる。

このブログでも何回かとりあげた。
海氷面積情報を見ると、現在の海氷面積や推移、過去の状態などが一目瞭然だ。

今年のグラフを見ると、このままいけば少なくとも2位は確保したのではないかと思う。海氷面積最少記録のことだ。場合にはよっては第1位となるかもしれない。その可能性は十分あるように思えてならない。

ここ数年の推移を見ると、最少面積の上位記録は近年で独占しているように見える。これもまた気になる点だ。

株価や円相場のニュースも必要なのだろうが、こういった情報もきちんと流すべきだ。

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2011年8月13日 (土)

スイカ

好きな食べ物は?

こう聞かれたら、何と答えるだろうか。けっこう悩むかもしれない。
好きなものはいろいろあるし、なにかを答えてしまうと、それが一番と言ってしまっているような気もしたりして、「えぇ、これを一番にしちゃっていいのかなあ」なんて気持ちも働いたりする。
まあ、自意識過剰と言えばそれまでだが。

と、多少の前置き、予防線を張ったうえで、スイカは好きだ。子どもの頃から大好きだ。
たまにスイカは嫌い、キュウリみたいな味がして嫌だ、なあんていうのを聞くと、心底、信じられない気がしたものだ。おいしいと思い込んでいるから、それ以外の感想が信じられなかったのだろう。

それにスイカは季節もの。食べることができる期間が限られている。これもまたスイカへの執着を生み出す要因なのだろう。
子どもの頃はそんなことは考えたこともなかったが、この頃はスイカのシーズン終わりになると「これで、一生のうちでスイカを食べる機会がまたひとつ減った」、そんなことも正直考えてしまう。食べることができる時を、大切にしなければと思う。

我が家の近くには、波田というスイカの名産地もある。どこへ出しても恥ずかしくないスイカだ。
そして地元だから、驚くほど安く売っている。
直売場で、「えっ、こんなに大きなスイカがこの値段?!」と欲に目がくらみ、買ったはいいが、いったいどうやって冷やすんじゃい、などということもたまにやらかし、学習効果のないこと、はなはだしい。

ところがだ。
今年のスイカ、実は今日が初めて食した日だと言ってよい。数日前に、かなり小ぶりのものを食べたが、これはかなり水っぽく、自分の中では食べなかったことにしたいという思いもあり、今日を初日とすることにした。

今日食べたスイカはほんとうにおいしかった。
だがこれは異常なことだ。お盆になってから、今年の最初のスイカを食べるなど。

考えてみると、ここのところの忙しさが原因なのだろう。
いろいろな会議や打ち合わせ、イベントなどがあるという物理的な忙しさがあった。それによって、気持ちのうえでも余裕がなくなり、心の季節感が乏しくなっていたのかもしれない。
そのことを、スイカを食べながら考えた。

お盆が終われば、今まで以上に会議やイベントが目白押しだ。
自分の状況を見失わず、忙しさの中に楽しみを見つけていきたいものだ。

まずは今夜の就寝目標時刻を23:30にしようっと。

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2011年8月12日 (金)

睡眠時間

睡眠が足りない。

昼間にとてつもなく眠くなる時がある。いつでも疲労感がある。
たぶん、睡眠不足のせいだろう。

3.11以降、生活パターン面での大きな変化は睡眠だ。
0時前に寝ることなど、無くなってしまった。
1時頃に寝ることが多いかなあ。2時、2時過ぎもめずらしくない。
どんなに遅く寝ても朝5:40には起きるので、こりゃたしかに睡眠不足だ。

3.11以降、情報収集や集めたものの分析でかなり時間を取られている。
どうしても手を動かさないとならないものも多い。

この頃は頭の回転や記憶力のおとろえも感じる。集中力が低下している。

というわけで、ひとまず0時までに寝ることを目標にしてみる。

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2011年8月11日 (木)

盆飾り

盆飾り用のあれこれを買ってきた。

今までは実家で盆飾りをしてきた。諏訪なので、諏訪のやり方による盆飾りだった。
今年からは我が家でやることになった。
よって、松本の盆飾りだ。

ところ変われば、品変わる。
まさにその言葉を実感する。

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2011年8月10日 (水)

一人ひとりでできることの限界

「できることこからやりましょう」
よく聞くかけ声だ。
まずはできることから、マイ箸、マイバッグ、いらない電気は消して...

できることからやる、これの意味は、手をつけやすい簡単なことからやる、ということではないと思う。
その程度のことでは、やはり効果も小さい。むろんやらないよりやったほうがよいし、意識付けとしての意味合いはあるので、決してそれを否定したり、やらなくていいですよ、などと言うつもりもない。

ぼくが思うには、まずやるべきこと、やらなければいけないことがあり、その中で、まず手をつけることができることからやる、そういうことだと思う。
結果的には同じようなことをやることになるのかもしれないが、どういう考え方をするかの違いは大きいと思う。

一人ひとり、あるいは各家庭の取組みの積み重ねだけでは、日本全体として減らすべき環境負荷の割合からすれば、大勢を決するほどの影響力はない。取組みの努力からすれば、下手をすればやる気をなくしてしまうほどの影響力だ。

だが、国は「一人ひとりが」、「家庭の取組みが」大切だと、キャンペーンを打つ。
個人個人の、個別家庭の取り組みにとどめさせたい、そんな思惑があるのではないかと勘ぐってしまう。

つまり、市民と市民が連携し、社会を動かすような動きとなることを恐れているのではないか、そんなふうに思えてならない。
そう、ぼくら一人ひとりが本当にやるべきことは、市民の声を結集して社会を動かすものへとつなげていくことなのだと思う。

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2011年8月 9日 (火)

突然の提案、突然の宣言

マスコミはひとつ覚えのように、「退陣時期は?」、そんなことばかり言っている。
そんなもの、どうでもよいことだと思う。
菅さんを辞めさせたがっている勢力、これがなぜ辞めさせたがっているのか、そこのところをえぐり出してみてほしいものだ。

菅さんの発言は、何かにつけて、「思いつきだ」、「根拠がない」、「裏付けがない」などと言われる。
ぼくはそう思わない。決して突然の提案や宣言ではなく、思いつきでもないと考えている。

ある問題については、国会議員になった頃から、ほかのある問題についてはけっこう最近になって、とか、いろいろな状況はあるだろうが、ずっと考えて、心の中であたためてきたものなのだと思う。それほど具体的になっていなかったとしても、潜在的に、ときには意識的に、思考を刺激し続けてきたものなのだと思う。

また国民の中にもまた同様に、同じような方向性での考えを、あるいはその考えを生み出すような感性を持ち続けてきた人たちが少なからずいる。
そういう人たちにとっては、突然でも思いつきでもなく、「とうとうその時が来たか」、「とうとう言ってくれた」と歓迎こそすれ、批判や否定はしないのだ。

ほんとうに思いつきなのか。
「思いつき」だと批判している面々の「思いつきだ」という言葉こそ「思いつき」なのではないか。

さらに、裏付けや根拠に関しては、それらを全部そろえてから、「これでできます」とやるのはリーダーの仕事ではない。できるかどうかではなく、やらなければならないことかどうか、これが思考の基軸ではないのか。その視線から論じたいものだ。

かくして今や国会は、低俗な国会議員が群れをなす状況となってしまったが、ここで心しなければならないのは、
彼らを選んだのはぼくら自身という事実だ。
そこは次の選挙にむけて、しっかり意識をせねばなるまい。

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2011年8月 8日 (月)

第3回 峰の原高原大学講座 2011

自分も登壇する催しなので、紹介するのは少し気恥ずかしいのですが、主催者から拡散依頼を受けていることもあり、また自分の話はともかく、他の講師の話はその道の第一人者の話ということもありで、紹介します。

長野県須坂市 峰の原高原で、第3回「峰の原高原大学講座 2011」が開催されます。全3回の講座です。

プログラムは以下のとおり。
・8/21 NPO地中熱利用促進協会 服部旭さんの地中熱の話、
・9/4 ぼくが持続可能な社会についての話、
・9/25 おひさま進歩 原亮弘さんのエネルギーファンドの話

詳しくはパンフレットをご覧ください。

ちなみにぼくは、
「思い込みからの脱却 ~持続可能な社会への必要条件~」
と題した話をする予定です。
たいそうなタイトルをつけてしまいましたが、何を話すかまだウンウンうなっているところです。

このテーマは、今までの講演や講義でも断片的な話はしてきましたが、今回のようにまとめて話すのは初めて。
聞きにきてくださるみなさんのためにはもちろんのこと、自分のためにも、よく考えを整理し、ひとつでも「あっ、そうか」という気づきのあるものにしたいと思っています。

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2011年8月 7日 (日)

みんなのエネルギー・環境会議 独断の見どころ紹介

茅野の諏訪東京理科大で第1回「みんなのエネルギー・環境会議」を開いてちょうど一週間経った。

lこの会議には菅首相も参加。
登壇者の顔ぶれをみると、よくぞこれだけ集めたと思う。
※登壇者名簿はこちら →「todansha.xls」をダウンロード

会議の様子はUstreamで視聴できるが、何しろ長い会議だったのでここだけは、というところを以下、紹介したい。
独断紹介なので、その点、悪しからず。

Ustはこちら


セクションごとに分かれているので、視聴したいところを選んでどうぞ。
ぼくは第二部と第四部で登壇だ。

11:30~12:15 オープニング
      基調講演:小林正弥(千葉大学法経学部教授)
12:15~13:45 全体討論 第一部【原子力】
14:30~15:40 全体討論 第二部【再生可能エネルギー】
15:50~17:00 全体討論 第三部【体制・政策決定】
17:10~18:20 全体討論 第四部【ライフスタイル】
18:20~19:00 総括と今後へ向けて


まず第ニ部の冒頭 13分くらいをぜひ。菅さんのスピーチだ。
このスピーチには感銘を受けた。多くの人が聞くべきスピーチだと思う。ぜひ!
第二部のかなり後のほうでぼくも発言。1分くらい。
内閣官房参与の田坂さんの後、社民党の福島みずほさんの前。
福島さん、とてもチャーミングでフレンドリーな人だった。

次は第四部。ぼくが話題提供者として5分間くらい論点提案。
冒頭で話すので10分くらい見ていただければ大丈夫(笑)。
もちろん、ぼくの話の後にとても面白い話が展開されるので、そちらにもご注目だ。
宮台真司さんの「依存からの脱却」の話は面白く、おススメ。
ここでは後のほうでもう1回ぼくの発言あり。

できれば、ぜひ全編ご覧のほどを!

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2011年8月 6日 (土)

ほどほどがいい

先日、庭のカサブランカがきれいに咲いた。

咲いたのはよいのだが、あまりに花が大きいせいか、情けない姿に。
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自らの重みを、自ら支えきれなくなってしまったのだな。
そのままにするのもしのびなく、竹で支柱を立てた。今度は大丈夫。

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あたりはカサブランカの濃厚で官能的な香りが満ち満ちていた。
花だけ見れば、すごい花だ。

しかしまあ、こうやって庭に植えておいて言うのもなんだが、やはり「ほどほどがいい」。
我が身くらいは、自ら支えなくてはね。

あとは、おまけ。
今夜はカレーに餃子にキュウリと春雨のサラダ。なんか、どこかの定食屋さんみたいだ。
Photo


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2011年8月 5日 (金)

みんなのエネルギー・環境会議 発言内容 その3

第四部「ライフスタイル」の議論では、ぼくは話題提供者として冒頭に5分間の発言の機会を与えてもらった。
ぼくを含めて3人の話題提供者による論点提案があった後、ディスカッサントを加えての議論が始まった。
ディスカッサントに許された発言時間は1分/回。かなり厳しい。実際には1分を守っている人はほとんどいなかったと思うが、1分という制限はなかなか面白い。

ぼくは、ディスカッサントの方々になるべく発言の機会を譲りたいと思い、積極的な発言は控えていたが、コーディネータの枝廣さんからの指名がかかり、1分発言をさせてもらった。

そこでは、「会社員の参加」について少しだけ話した。
会社員については、先日もこのようなことを書いた。

社会の中で会社員が占める割合に対して、市民活動やボランティア活動に参加している会社員の割合は少ない。
明らかに少ない。
そこを何とかしたいと思う。
まだ、課題として言うくらいしかできないのだが。

なぜ、会社員の多くは市民運動に関心を示さないのだろう。参加しないのだろう。

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2011年8月 4日 (木)

みんなのエネルギー・環境会議 発言内容 その2の続き

発言内容 その2の続きだ。

枝廣さんからはお題を3つ頂戴していたが、やはりどうしても言っておきたいことがあり、+αとして話させてもらった。

それは、こんなこと。
・ぼくはいつも持続可能な社会はどうやって作るのか、どんな社会なのか、そういった視点からいつも考えている。
・その時、具体的なテーマをあげるのであれば、この3つだ。1)エネルギー、2)食、3)クルマ。

「エネルギー」と「食」は、特に説明せずともなんとなく、そうだよね、という感じだろう。
「クルマ」というのは、これら2つのテーマと並べるにはややバランスが悪い感じもある。
だが、ぼくはとても大切、重要と思っている。

これは単に、電気自動車にシフトしよう、そんな単純なことではない。
そもそもクルマが必要なのか、必要だとすればどういう使い方をするのか、そこから考えたいのだ。
それは生活圏の空間距離の設計にも関係するだろう。つまりは街づくりだ。地域づkりだ。
そして、クルマは「わかっちゃいるけどやめられない」ものの象徴でもあると思っている。
クルマの問題は幅広く、奥深い。

そして、3.11以降を生きるぼくたちが、常に意識すべきことは、3.11があってもなくても、やらなければいけないことがあったのだということ。自然エネルギーへのシフトも、脱原発も、エネルギー過剰消費の見直し、経済と効率最優先の社会の見直し、どれもみなそうだ。
きっかけというにはあまりにも重すぎる3.11。
3.11によって、社会の見直しが加速していることは確かだろう。
だが、ぼくらは原発の埋め合わせをやるのではない。その意識を大切にしないと、また同じようなことを繰り返してしまう。心したい。

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2011年8月 3日 (水)

「思考停止」で片づける思考停止

この頃、「思考停止」という言葉をよく聞くように思うがどうだろう?
特に、3.11以降。

ぼくの知る限りでは、飯田哲也さんはこの言葉をよく使う。ぼくは飯田さんと知り合ったのは10年以上前のことだが、
その時から「思考停止」とよく使っていた。
だから、これから書くことについて、少なくとも飯田さんは該当しない話だ。

国全体が「思考停止」になって、今の状況を生んだ、そのとおりだと思う。宮台真司さん言うところの「依存の体質」と同じものだろう。

気をつけたいと思うのは、「思考停止」という言葉を使って、現在の状況を説明したり批判することでの、一種の心地よさのようなもの。つまりは「思考停止」と言って切り捨てる本人が、実はすでに思考停止状態になっている、そんな状況も十分に考えられる。

飯田さんは思考停止の問題を言い続けてきた。ごくごく少数の人しか飯田さんの言うことに耳を傾けない時から言い続けてきた。だからこそ、今、これだけ注目され、飯田さんの発言に共感する人がたくさん出てきているのだろうと思う。

「思考停止」という言葉の表面的なところだけを使ってしまって、自分自身が思考停止となってしまわないように、十分に心したい。


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2011年8月 2日 (火)

みんなのエネルギー・環境会議 発言内容 その2

次は、「ライフスタイル」の討議に話題提供者として登壇したときの発言から。

ちなみに、ここでのライフスタイルとは、「省エネしましょう」、「エコバッグを持ちましょう」みたいなことを言っているのではない。市民の取り組みといった意味だ。

コーディネータの枝廣さんからは事前にお題を頂戴してあったので、それにそって5分間、話をした。
パワポの資料はこれだ。
「_.pdf」をダウンロード

最初のお題については、3点の論点を提示した。
その3つのすべてに共通している意識は、今までの社会の枠組みをそのままにエネルギーだけを自然エネルギーに変更するといった考え方では道を誤るということだ。

2番目のお題については、ほぼ資料のとおり。

3番目のお題。説明用資料を若干補足すると、市民活動への会社員の参加があまりにも少ない。どうやったら参加が増えるのかは課題だが、もっと増えるべきだ・


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2011年8月 1日 (月)

みんなのエネルギー・環境会議 発言内容 その1

2011年7月31日、長野県茅野市の諏訪東京理科大を会場に開催された第1回「みんなのエネルギー・環境会議」。ぼくは2つのセッションに登壇させてもらった。トータルで10分間にも満たない発言時間ではあったが、自分の想いを込めた発言をしたつもりだ。
どんな発言をしたのか、記憶のあるうちにまとめておこう。

まず最初は、「再生可能エネルギー」についての全体討論での発言だ。

ちなみにこのセッションでは、菅総理が”飛び入り参加”し、冒頭で10分程度のスピーチ、議論後に簡単なコメントをしてくださった。もちろん議論中は会場最前列で熱心に議論を聞いていてくださった。
どのような発言だったかは、菅さん自身によるご報告をご覧いただきたい。

このセッションでは、ディスカッサント(初めて聞いた言葉だった)として、1分間のみの発言の機会があった。

以下、発言内容。

冒頭、阿部長野県知事から話があったように、午前中に「自然エネルギー信州ネット」の設立総会があり、ぼくは理事そして運営会議の議長に選んでいただいた。総会は50分間の予定が30分以上延長して終了した。これは、
ひとつには、いかにオープンでフラットな会議とするのかの議論となったこと、案として示した理事案では女性が一人しかいないのはケシカランとの指摘があったことによる。前者については十分な解決策は見いだせないもののオープンでフラットなものとすることが総意となったこと、後者についてはその場で一人の女性(理事の平均年齢を大幅に下げる若い女性)を理事として選出できたこと、これらにより、このみんなの環境会議の理念を、ひと足先に実現したようなよい総会とすることができた。

自然エネルギーについてどう考えるか。地方あるいは生活に密着したエネルギーという観点から2点指摘したい。ひとつは、ぼくたちはエネルギーの消費者だが、実は供給者、作り出せるという意識をもちたい。もうひとつは完璧を目指し過ぎない方がよいということ。100%でなくてはだめなのか、70%ではだめなのか、ということだ。供給力や安定性、コストや効率などで、多少は問題があっても、そこは手間や知恵でカバーできることもある。何よりも、100%を求めるばかりに、結局は「ないものねだり」となって何も実現できなくなるより、地元に転がっている「あるもの探し」をすることでできることをどんどん実現することで、より多くの参加をうむ、そこが大事であり、その方向でやっていきたい。


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