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2016年8月 2日 (火)

公共のためになっていない公共交通

昨日に引き続き、今日もJRのダイヤが大幅に乱れた。落雷による信号トラブルとのことだ。

落雷で信号がトラブルを起こすことも、それによってダイヤが乱れることも、これはしかたないことだ。
だが、もうちょっと対応のしようがあるのではないか。
まず、どの程度の遅れになりそうなのか、見込みが全くつかないのかどうか、そのアナウンスがとても少ない。
たまにあるアナウンスも声が割れるスピーカーからのアナウンスなので何を言っているのかわからない。
使っている広丘駅は夕方は無人駅になるので、管轄駅から遠隔で放送しているはずだ。
いつのまにか運休になっている電車がある。乗ろうと思っていた電車だ。
だが運休になるとのアナウンスがない。
どうにか塩尻駅までたどりつき、そこで特急に乗り換えて上諏訪駅に向かう。
短距離で、しかもどんどん遅れが拡大する特急に乗るのに特急料金を払うのもしゃくだが仕方ない。
車内では検札がまわってきた。
定期券と特急券を見せると、特急券はいらないという。
だったら、それは塩尻駅でアナウンスするべきことではないか。今夜は短区間での通勤電車の代用の場合、特急券は不要だと。

いきなり、あれこれ文句を書き連ねてしまったが、こうなってしまう理由には人員が少なすぎることがあると思う。

地方の公共交通機関は名ばかりだ。
公共交通といいつつも、ちっとも公共になっていない。
そうなってしまうのは私企業に任せているからだろう。

効率や利益ではないところでの運営が必要だ。
全体最適からすれば、それがよいと思う。
苦しくてもそれを続ければ、必ずや多くの人が公共交通機関を使うようになるはず。

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