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2018年5月11日 (金)

ポケットティッシュを配らない、受け取らない

通勤に毎朝使う上諏訪駅。
時々、駅入口への導入路に人垣を作って待ち構えている人々がいる。
何かのキャンペーンだ。
ぼくはこれが苦手だ、あの人垣の中を通らなければ駅に入れないのだが、とても圧迫感を感じる。
耳をふさぎ、目を閉じて歩きたくなる。
何かを伝えるための人垣だろうに、これでは逆効果だとも思う。
だが、ここで書きたいのはこの手法の是非ではない。

たいていの場合、その声かけはポケットティッシュ配りとセットだ。
ティッシュを差し出しながら何か言っている。
受け取る人は多いように見受けられるが、ぼくは受け取らない。
理由は簡単、ポケットティッシュを配るべきではないと考えているから。
配るべきものでなければ、受け取る理由もない。
森林伐採して製造しているであろうポケットティッシュ。
それを無料で街頭で配る。
この行為がおかしいと思わないのだろうか。

もしかすると再生紙のティッシュかもしれない。
だが無料で配るくらいのものだから、原価の安いティッシュであろうと推測すれば、バージンパルプ製である可能性が高いだろう。

どうでもよいことかもしれないし、そもそもぼくが何か間違った考え、あるいは勘違いをしている可能性もある。
目くじらを立てるようなことではないという見方もあるだろう。
でもやはり、ぼくには受け入れることのできない行為だ。

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